相続放棄は要件を満たしていれば、家庭裁判所に申立をすれば基本的に成立します。
しかし、ある行為をした(又はしなかった)ことにより、その後に相続放棄を申立てても却下に、一旦成立した相続放棄が無効になることもあります。
故人の借金が大きい場合、相続放棄ができない、取り消されたとなると、当人のその後の生活に大きく影響します。
借金を返済できなければ、最悪自己破産にまで追い込まれる可能性もあります。
故人の借金を理由に相続放棄をお考えの方は、以下の事に注意して慎重に対応して下さい。
法定単純承認行為
民法921条には以下の三っの行為をすると、単純承認したとみなすと規定されています。
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- 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(保存行為は除く)。
- 3ヶ月の熟慮期間内に相続放棄をしなかったとき。
- 相続人が放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私に(ひそかに)これを消費したとき。
上記に該当する行為をして単純承認とみなされると相続放棄はできなくなる、又は相続放棄が成立していても単純承認したものとみなされることになります。
相続財産を処分する
相続人として遺産を一部でも処分すると、相続する意思があるから処分したと捉えられ、単純承認したものとみなされ、その後に相続放棄をすることができなくなります。
財産の処分行為とは、財産の現状、形状を変えるような行為を指し、相続財産の売却、譲渡のみならず家屋の取り壊しや動産の毀損等も該当します。
処分行為としては、
- 故人の預金口座を解約する、口座からお金を引き出す。
通常、預金口座の名義人が亡くなると口座は凍結されて引き出し等ができなくなりますが、銀行等が死亡の事実を知らなければ口座は凍結されません。その場合、亡くなった後でも相続人が故人の口座からカードで預金を引き出すことができます。
引き出したお金は使っていなくても、この引き出した行為が単純承認行為とみられるおそれがあります。 - 相続財産を売却、譲渡する。
- 遺産分割協議をする。
遺産分割協議は、自己の相続分の処分方法に関する協議と捉えられ、協議で遺産を一切相続しないとしても単純承認行為とみなされるおそれがあります。 - 家を取壊す。
- 建物賃借権を引き継ぐ。
例えば、親子で貸家に住んでいたり、建物を借りて一緒に商売をしていて借主が親(故人)の場合、既存の賃借権を引き継いで住んだり商売を継続すると、単純承認行為となるのでご注意下さい。また、解約する行為も処分と捉えられるおそれがあるので、大家さんから解除してもらうようにするのが良いでしょう。 - 故人保有の株主権を行使する。
- 故人の貸金等の債権を債務者に請求する。等々
処分行為に該当するには、自分に相続が開始したことを知った上で、又は故人が死亡した事実を確実に予想しながら行うことが必要とされています。
例えば、突然姿を消して長年帰ってこない者を失踪したと思い、2年後にその者の所有物を売却したが、実は失踪した日に事故にあって亡くなり身元不明者として処理されていたような場合、外形的には亡くなった後に財産を売却しているので、単純承認行為のように見えるが、処分行為時には亡くなっていることさえ知らず相続があったことを知りながらの処分ではないので、処分行為には該当しないとなります。
相続放棄を検討している方が、故人の治療費や入院費用、葬儀費用を故人の遺産から支出するのは控えましょう。
財産の処分行為に問われるおそれがあります。
葬儀費用については、過去の裁判で処分行為に当たらないと判断されたケースもありますが、遺産の内容、葬儀の内容によっては処分行為とみられる可能性もあります。
熟慮期間
被相続人が亡くなり自分に相続があったことを知った時から3ヶ月間を相続に関する熟慮期間とし、その期間内に相続放棄をしなければ単純承認をしたものとみなされます。
この場合、相続に関する何を知ったことで3ヶ月の熟慮期間がスタートするかが問題になります。
- 故人が亡くなったこと知った時
- 故人が亡くなり自分が相続人になったことを知った時
- 自分が相続人になり故人に相続すべき財産があることを知った時
が考えられ、どれを基準とすべきかの論争がありましたが、最高裁は「自分が相続人になったことを知った時」(相続人覚知時説)を起算日とするとの判決をしました。
また、この時、最高裁は例外として、
故人に相続するような財産が全くないと信じ、そう信じたことに相当の理由があれば、財産があった(全部又は一部)ことを知った、又は通常知ることができた時を起算日とすると示しました。
例えば、親とは疎遠で交流が一切なく親が亡くなったことを2年後に知った場合、その時に自分が相続人になっていたことを知ることになるので、亡くなってから2年が経過していても、知った時から3ヶ月以内であれば相続放棄は可能ということになります。
借金との関係
親には借金がないと思い、相続放棄も含めて相続に関して何もしなかったが、亡くなって1年後に債権者から親の相続人であり支払い義務があるとして返済の督促状が来て初めて借金の存在を知り、慌てて相続放棄の手続をする、のようなケースがあります。
このようなケースが、先に述べた「財産があった(全部又は一部)ことを知ったとき」とする最高裁の例外になります。
財産には借金も含まれるので、故人に借金があることを知ったのが亡くなった1年後であっても、亡くなった当時、故人に相続するような財産はないと思って相続放棄しなかったことに相当の理由があったと認められれば、借金の存在を知った時から3ヶ月以内であれば相続放棄が認められる可能性があります。
遺産分割協議との関係
遺産分割協議とは、相続人間で協議して相続財産の分割方法を決めることです。
協議をする際、分割すべき相続財産について調査するでしょから、遺産分割協議の日は財産があることを知った日と捉えることも可能になります。
遺産分割協議をして6ヶ月後に故人の借金が分かって慌てて相続放棄をしようとしても、分割協議の日が熟慮期間の起算日となり既に3ヶ月を経過しているとして相続放棄ができないおそれがあります。
過去の判例でも、遺産分割協議により財産の一部を知ったとして、協議から3ヶ月経過しているので相続放棄が却下されたケースがありますので、相続放棄を考えている方は協議で何もいらないと言うつもりでも、協議に参加することは控えるべきでしょう。
隠匿、私に消費
家庭裁判所に申立をして相続放棄が成立しても、その後、遺産を隠匿、消費すると相続放棄が取り消され単純承認したものをみなされてしまいます。
故人に借金がある場合、その借金は故人を相続した者が返済するか、相続放棄等で相続する者が誰もいなければ、故人の遺産を換金して返済することになります。
隠匿
相続放棄をした者が遺産の一部を勝手に持ち帰ったような場合、債権者にとっては返済に充当すべき遺産を隠匿されたことになります。
この場合、持ち帰った行為が隠匿とされ、単純承認とみなされてしまうおそれがあります。
ただし、日本には「形見分け」という慣習があり、どんな物でも持ち帰ると隠匿とみられるわけではありません。
過去の裁判でも、常識的な範囲内での形見分け(故人所有の動産の取得)は隠匿には該当しないとされていますが、高価な宝石、貴金属、時計、毛皮等々を形見分けとして持ち帰る行為は隠匿に該当するおそれがあります。
私に消費
私(ひそかに)に消費と読みます。
誰に知られないようにこっそり遺産を消費することとなっていますが、公然とされた場合も対象となり得ます。
消費とは、遺産を処分(売却、贈与等)したり、その価値を失わせる行為(破壊等)を指します。
家庭裁判所のスタンス
相続放棄に対して家庭裁判所は、出来る限り受理するというスタンスをとっていると言われています。
家庭裁判所で相続放棄の成立要件を厳しく審理すると、相続放棄が不受理になるケースが多くなります。
家庭裁判所で不受理が確定すると、申立人は他の裁判所で訴訟を起こして不受理を争うことはできず、結果、多額の借金を抱える等の大きな影響を受けてしまいます。
対して、成立した相続放棄に不服のある者(債権者等)は、相続放棄は無効として地裁で争うことができます。
そこで、相続放棄が争われたケースで東京高裁は「家裁に相続放棄の申述がされた場合、要件の有無を入念に審理することは予定されておらず、受理されたとしても要件が揃っていると確定するもでもないのに対し、却下されると相続放棄を主張できなくなることを考慮すると、家裁は却下すべきことが明らかな場合以外は、受理すべき。」と示しました。
却下される率
このページではいろいろ相続放棄ができなくなる、却下される事項を説明しましたが、家庭裁判所で相続放棄が却下されるケースは極めて少ないと言えます。
2018、19、20年の実績ですが、却下率は0.24%、0.24%、0.18%となっています。
※2020年実績で却下率は0.18%、取下げ率は1.6%。申立をしたが成立しなかった率は計1.78%。
このように却下されることは、極めてまれと言えます。
相続放棄を無効とする訴え
家庭裁判所で相続放棄が認められたとしても、法的に確定したとは言えません。
家庭裁判所で相続放棄が成立しても、単純承認行為や無効となる事由がある場合、債権者等から相続放棄無効確認の訴えを提起される可能性があります。
実際に、債権者から訴えを起こされ、一旦成立した相続放棄が無効になった事例もあります。
相手に訴える事由を与えないためにも、相続放棄を少しでも考えておられる方は、遺産には一切手を付けない、遺産分割協議にも参加しない、という姿勢が重要です。
例えば、お世話になった病院への支払いはしたい、と思われる時は、遺産からではなく相続人自身の家計から支払うようにしましょう。
本来、債権者は債務者(故人)の資力をもとに貸付を行っています。
にもかかわらず、債務者が亡くなったことでその相続人の資力から返済を求めるのは筋が違うのでは、との意見もあります。
相続放棄が成立すれば背負う必要ない故人の借金で相続人の生活が大きく影響されることのないように、慎重に対応して下さい。
分からない、不安だ、という場合は、専門家である司法書士、弁護士にご相談下さい。
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