資産

相続人である子が2人以上いる場合、子供たちが納得できる相続の実現が争いを防ぐ方法ですが、簡単ではありません。
子供たちにはそれぞれの思い、環境があり、考えかたも違うので、全員が公平と思える相続は難しいです。
また、親としての思いもあるので複雑になってきます。

ここでは、数人いる子の中の1人に対して全財産を相続させることができるかについて、その問題点を司法書士が解説します。

1人に全財産を相続させる方法

  • 先祖代々の農地以外に財産はない。子供たち全員に共同で相続させると売却することになりそうで心配。農業を継いでくれた長男に農地を相続させて土地を守ってほしい。
  • 長女夫婦が同居してくれてずっと面倒をみてくれている、他の子供たちは離れて暮らしていて行き来はない。家と土地しか財産ないが、全部を長女夫婦に相続してもらいたい。
  • 長男、次男の2人の子がいるが、次男とはずっと仲が悪く10年以上疎遠で、こちらからも、向こう側からも一切の関係を絶っている。長男に全財産を渡して、次男には財産を一切渡したくない。

上記の例のようにさまざまな事情を背景に自分の財産をどう子供たちに相続させたいか異なります。
複数いる子供のうち1人に全財産を相続させることは可能ですが、他の相続人が不満により泥沼の相続争いになってしまうおそれがあり、そうならないように事前に準備が必要です。

複数の相続人のうち1人が全財産を相続する方法としては以下の4通り考えられます。
1.その旨の遺言書を作成する。
2.相続人全員で1人が相続するように協議して合意する。
3.1人以外の相続人が相続放棄する。
4.1人以外の相続人が遺留分放棄をする。
5.相続人廃除する。

2,3は被相続人が亡くなった後に相続人の判断で行う手続きです。
被相続人の存命中に相続放棄をする旨の書面を作成しても法的には無効です。
また、「○○が私の財産全部を相続するように」と相続人全員に伝えていたとしても、相続人による協議でその意思が反映されるかは相続人次第となります。

4は被相続人の生存中にできますが、家庭裁判所の許可が必要です。
申立人は遺留分を有する相続人であり、被相続人が申立をすることはできません。あくまでも、相続人自らの意思で行う手続きになります。
また、”何も要りません、遺留分を放棄します。”という理由では許可されません。遺留分に相当する財産を既に贈与されている等の要件が必要です。

5は家庭裁判所の審判を必要とします。被相続人自身が生前に手続きすることも、遺言書にその旨を書くことで亡くなった後に手続きをすることも可能です。
ただし、単に疎遠だから、仲が悪いからなどの理由では認めてもらえません。
認められるには、被相続人に虐待・重大な侮辱を加えた、または推定相続人にその他の著しい非行があることが必要になります。

以上を考慮すると、現実的な方法としては遺言書の作成が最適と言えるでしょう。

遺言書でも1人が全部を相続できないことも

1人に財産全部を又は大部分を相続させる場合、問題になるのが遺留分です。
遺留分とは相続人に認められている最低相続割合です。
相続人であれば遺留分を請求できる権利が民法で認められています。
遺留分は、法定相続分の半分(相続人が親のみであれば、遺産の3分の1)です。
遺留分は必ず渡さなければならないものではありませんが、請求されれば渡さなければいけません。

例えば、相続人が子3人(A、B、C)で、Aに全財産を相続させるとする遺言書を作成した場合、B、Cが何も請求しなければAが全部を相続できますが、遺留分を請求されれば遺留分としてB、Cに遺産の6分の1を渡さなければいけません。

遺留分対策が大事!

遺留分対策は必須ではありません。
相続人が遺留分を請求しなければ渡す必要はないからです。
日頃から子供たちは、長男が財産の全部(又は財産の大半)を相続するようにと言い聞かせているし、みんなも異論ないから我が家は大丈夫。こう思われている方もおられると思います。
相続が発生しても、言いつけ通りに遺言書に基づき長男が大半を相続し、他の相続人も遺留分請求をしなければ何の問題もありません。

しかし、現実はそういかないケースが多いのも事実です。
相続のことを親には話しにくいし、ましては、親の考える相続方法に反対することはなかなかできません。
また、それぞれが家庭を持つと生活費や子供の教育費等々経済的環境が変わり、配偶者(妻、夫)の意見も加わり親の思い通りの相続は難しくなります。

こんな状況で一旦こじれるとどうなるか?

例えば長男に不動産を相続させる遺言書を残し他の相続人が遺留分請求をしたら、長男は遺留分相当額を工面して渡さなければいけません。
遺留分は金銭で渡さなければいけないように民法が改正されました。
以前は、金銭がなければ遺留分相当の不動産の持分を渡すことができましたが、共有は将来更なる争いの元となり権利関係も複雑になってしまうので、持分ではなく金銭で支払うことに改正されました。

遺産として不動産だけでなくある程度の現金・預金があれば、遺留分を支払うことができますが、遺産が不動産のみの場合、相続する子に預貯金がなければ最終的には不動産を売って遺留分額を渡すことになってしまいます。

そうならないように、遺言書の作成と共に事前に対策が必要になります。

遺留分が認められるのは、配偶者、子、親であり、兄弟姉妹には認められていません。
よって、兄弟姉妹が相続人となる場合、遺留分対策は不要で遺言書に兄弟姉妹を除いた分割方法を指定するだけで良いです。

対策1・遺言書の作成

特定の相続人に遺産を渡したい場合、遺言書の作成は必須です。
遺産は所有者である被相続人の遺志に従って処分されるべきものであるので、遺言書があればそこに書かれている内容通りの相続されます。
ただし、遺言書の書き方には注意が必要です。
書き方によって特定相続人に遺贈(包括遺贈)する旨の遺言書と捉えられると、相続手続きが面倒になってしまうことがあります。
遺贈となると、遺産は被相続人の相続人と受ける者との間で手続きを行うことになります。
具体的には、不動産の相続登記の申請に相続人のハンコが必要になります。
つまり、遺産をもらえない相続人に協力してもらわなければいけない状況になってしまいます。

このような状況を回避するために、遺言書には「〇〇に△△を相続させる」と記載することが重要です。

この相続させる遺言は遺産分割の指定と捉えられ、相続発生と同時に指定された内容の相続が生じるとされています。
AがBに〇〇を相続させる旨の遺言書を作成していれば、Aの死亡と同時に〇〇はBが相続したことになり、相続手続きもB単独で行うことができます。

「相続させる」この言葉をしっかり遺言書に記載することが重要です。

対策2・遺留分相当額を渡しておく

事前に(生前贈与)又は遺言書で遺産から遺留分相当額を渡すように指定することで、相続開始後に遺留分請求されないようにします。
不動産を生前贈与する場合、遺留分としての評価額は相続発生時の評価額となるので、贈与時より評価額が下落してしまうと遺留分相当額を下回ることもあるので注意が必要です。
不動産を遺留分対策として生前贈与する場合は、評価額推移を考慮して贈与することが重要です。

対策3・生命保険の活用

遺産が不動産のみで遺留分相当額として渡す預貯金がない場合、生命保険を利用することで遺留分相当額を確保することができます。

相続させたい子を生命保険金の受取人に指定します。
これにより被相続人の死亡により給付された保険金を遺留分として渡すことができます。

原則、保険金は相続財産とはならないので受取人が全額受領できますが、遺産総額と比較して保険金が大きいと相続財産に組み込まれて遺産分割の対象となった判例もあるので注意が必要です。

遺留分額計算は大変

折角遺留分を考慮して対策をしたのに、その額が実際の遺留分額より少なければ、足りない額について相続人間で争いになってしまうのでしっかり計算することが重要です。

遺留分額の計算は以下の通り、

「相続開始時点での相続財産額(遺贈含む)+被相続人が生前に贈与した額」から
「被相続人の債務」を差し引いた額が計算基準額となります。
この基準額を半額にして(1/2をかける)、その額に対する法定相続割合が遺留分額となります。

被相続人の相続人が妻、子2人の場合、1人の子の遺留分は、
計算基準額x1/2x1/4となります。

※相続人が親のみの場合は、例外的に計算基準額x1/3となります。

被相続人が生前に贈与した額は、相続人への贈与は死亡時から10年前まで、第三者への贈与は死亡時から1年前までになされたものを持ち戻して相続財産として計算されます。
以前は相続人への贈与について期間制限はありませんでしたが、相続法が改正され10年の制限が付きました。
ただし、贈与する側、される側双方が他の相続人の遺留分を侵害することを知ってされた贈与であれば、期間制限が付きません。

特別受益と遺留分

遺留分の計算で、相続人の死亡時の遺産額に生前に贈与した額が加算されますが、加算されるのは特別受益と呼ばれるものです。
特別受益とは、被相続人の生前中に特定の相続人が特別に受けた利益のことを言います。

典型例としては、特定の子が家を建てるときに500万円を援助してもらった、又は家を建てるための土地をもらったような場合です。
援助してもらった500万円、贈与してもらった土地が特別受益に該当します。

ただし、特別受益額は贈与された当時の額(評価額)ではなく、相続開始時(死亡時)の評価額となります。贈与が現金であれば消費者物価指数等により相続開始時の貨幣価値に換算し、不動産であれば死亡時の評価額で計算しなければいけません。

特別受益と持ち戻しの免除

特別受益は被相続人の生前中に特定の相続人だけが得をした分を相続手続きで調整するための規定です。
しかし、被相続人の中には自身の考えで特定の相続人に対して援助したものを自分が死んだ後に他の相続人がその分を取り戻そうとすることを望まない方もおられます。

この場合、被相続人は特別受益を相続財産に”持ち戻さない(組み入れない)”で遺産分割しないさいと指定することができます。
これを「持ち戻しの免除」と言います。

争そいがおきないように、遺言書に具体的な特別受益に対する持ち戻しの免除の意思を明記しておくことで、10年前まで遡って”誰ば何をしてもらった”等の言い争いを防ぐことができます。

遺留分請求にも時効がある

民法で「遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。」と規定されています。

最後に

みんなに公平に相続させようとしていても、それぞれの思いが錯そうしもめてしまうのが相続です。
ましてや、特定の相続人に全部を、大半を相続させるよう相続は争いに発展するおそれが高いです。
遺言書は相続争いを防ぐ手段としては最適ですが、遺言書があれば大丈夫とは言いきれません。
遺留分や特別受益等について事前にしっかり対策をしておくことで紛争を軽減できます。