信託遺言

私が逝った後の妻の生活がどうなるか心配。
子供も独立してそれぞれに家庭があり、子育てで大変で自分たちの生活で手一杯。
子供たちに妻の面倒をみてもらうのも難しい。というより、私の財産をかなりあてにしているようなところがあり、妻が老後のための生活費を確保できるかどうか・・・

長年連れ添った妻には、自分が先に逝った後も安定的に暮らしてもらいたいと望まれるでしょう。
お子さんがいれば、お子さんのサポートを受けながら生活に不安なく暮らす方も多くいらっしゃいますが、そうでない状況があるのも現実です。

お子さんの家庭の、特に経済的状況によっては母親と遺産をめぐって紛争になることも珍しくありません。

「私が死んだ後、妻には日々生活費を心配することなく安心して老後を暮らしていけるだろうか」と心配されている方に、その対策の一つとして「信託」について司法書士が分かりやすく解説します。

まず信託って何?

自分の財産(金銭、有価証券等の金融資産、不動産等)を信頼できる者に託して管理運用してもらい、それによる利益を自分が指定する者に授ける事を「信託」と言います。
言葉の通り、財産を「信じて託す」行為です。

財産を託す人を「委託者」、託されて管理運用する人を「受託者」、利益を享受する人を「受益者」と呼びます。

  • どの財産を信託するか
  • 誰を受託者、受益者にするか
  • どのように管理運用するか
  • 受益者は何を受け取るか

上記の様なことを信託する方自身が決めることができます。
相続では、自分の財産を誰にどれだけ渡すかは決められますが、渡した後、どのように使うかまでは指定できません。それを可能にするのが信託です。

信託を利用すれば、妻を受益者とすることで信託財産から継続的に生活費として金銭を受領することが可能になります。

遺産から分離できる

相続争いとは、「遺産」の分割をめぐって相続人が争うことです。
では信託財産はどう扱われるか?

信託財産は故人の遺産にはなりません。
夫が妻を受益者として自己の財産を信託財産とした場合、信託された財産は遺産分割の対象になりません。
遺産の分割方法で相続人間で争うことなく、信託財産は信託の内容通りに管理運用され、受益者である妻が信託財産から生活費を受け取ることになります。

信託財産の移動

信託を設定する場合、委託者と受託者で信託契約を結びますが、遺言書によっても行うことができます。信託が開始されると、信託財産は受託者に移転されます。

金銭であれば、受託者の管理下に移しますが、受託者の個人名義の銀行口座に入れるのではなく、「信託口座」を新たに開設し管理することになります。
収益不動産(アパート、駐車場等)であれば、受託者名義に移転登記されます。
ただし、所有者欄は受託者の名前になりますが、移転原因として「信託」と登記されるので、登記簿を見れば当該不動産が受託者個人の財産ではなく信託財産であることが分かるようになっています。

信託の開始時期

信託はかなり自由に設定でき自分の生前中から信託を開始することも可能ですが、今回の信託の目的は自分が死んだ後の妻の生活費の確保なので、自分が死亡したときから信託が開始されるようにします。
この場合、妻のために信託を行う旨を記載した遺言書を作成しておくのが良いでしょう。
これを「遺言信託」と言います。

信託が開始されるときは委託者である夫は亡くなっているので、混乱や紛争等がおきないように明確、明瞭に信託内容を記載することが重要になります。

また、遺言の内容が確実に実行されるように遺言執行者を指定しておきましょう。

遺言信託の内容

信託財産が金銭である場合(金銭信託遺言)と不動産である場合(不動産信託遺言)とで、遺言の内容も変わってきます。

金銭信託遺言

一定額の金銭を信託財産とし、自身の死後、当該金額が受託者の信託口座に入れられ、定期的に妻に生活費として渡されるように信託設計します。

遺言書には、信託内容として支払われる額、支払方法、期日、期間(通常、受益者である妻が亡くなるまで、または信託財産が無くなるまでとします。)を記載します。

受益者である妻の死亡で信託財産に余りが出た場合の処理方法(子供に帰属させる、団体に寄付する等)も決めておきましょう。

不動産信託遺言

住む家も信託財産にすることもできますが、ここでは妻の生活費確保のための信託にしぼって解説します。
対象はアパートや駐車場等の毎月収益を上げる不動産で、それを信託財産とします。

信託の形としては、子供がいれば、例えば長男を受託者にしてアパートの管理をしてもらい、毎月上がる家賃収入から必要経費(固定資産税含む)を引いたものを受益者である妻(母)に給付するようにします。この場合、アパートの登記上の所有権名義人は長男になります。

アパートの管理運営方法は遺言書に指定することができます。
修繕費用の積立や火災保険、業者への管理委託等々ご自身がやっていた事、やってもらいたい事を管理方法として記載することで受託者への引き継ぎがうまくいくでしょう。
また、将来、老人ホームや介護施設に入所することも考えられるので、入所費用等のまとまったお金が必要になったときは売却処分できる旨の記載も検討すべきでしょう。

適切な管理運用の実現

信託財産の運用管理は受託者が信託遺言書に書かれた内容に従って行います。
そこで、信頼できる方を受託者に指定することが重要になります。
多くは、子供や兄弟姉妹や親族が指定されることになりますが、信託財産が適切に管理運用されるかは受託者次第という部分もあります。

昨今、後見人制度において後見人による財産の私的流用が事件として報道されることがあります。
弁護士や司法書士による流用の他に、子供や親族が後見人である場合の流用も少なくありません。
同様に信託においても受託者による流用の可能性があります。

そこで、対策としては、
・受託者を複数人にする。
・信託監督人を置いて定期的にチェックするようにする。
・受益者代理人を置いて受益者の利益を守る。
等々が考えられます。

適正に信託行為をして欲しいとの気持ちから受託者を弁護士や司法書士にと希望される方もいらっしゃいますが、業として受託者になれるのは国から信託業の免許を与えられた株式会社(信託銀行等)に限定されます。

そこで、弁護士や司法書士に受託者の信託行為を適切にチェックさせたい場合は、信託監督人として関与させることが可能です。

最後に

人生を共にした妻に、自分亡きあとも安心して生活してもらうためにはしっかりした事前準備が必要です。
遺言書も何もない相続は、相続人全員の協議で分割方法を決めることになります。
仲の良いご家族でもお金の話しはしにくいし、話し合いは精神的にもかなりの負担になるでしょう。

信託にする場合、受託者による長期間の資産の管理運用が想定されますので、しっかりした内容の信託遺言書を作成することが重要です。

信託遺言書は信頼できる専門家に相談して作成することをおススメします。