長期間抵当権等の登記が残ったままで、実質的に機能していない担保権のことを「休眠担保権」と言います。
昭和はもちろん、明治、大正の時代に設定されている抵当権も珍しくありません。
親が亡くなり祖父の時代から所有している土地を相続するのに登記簿を見たら、明治時代に登記された抵当権が抹消されずにそのまま残っていた、という事もあります。
この場合、機能していないからといっても簡単に抹消することはできません。
抹消する方法としていくつかありますが、裁判によって抹消する方法があります。
裁判による抹消
古い抵当権を抹消する場合、抵当権者の相続人に協力してもらって共同で抹消する方法や債権額と利息を供託して単独で抹消する方法がります。
しかし、相続人が協力を拒否したり、協力するに際して高額な協力金(いわゆるハンコ代)を要求してきたりすることもあります。
相続人の数が多ければ、1人1人に抹消申請の協力を求めていくよりは、裁判で処理した方が簡単な場合もあります。
また、供託の方法を使おうとしても、昭和の時代で債権額も高く利息を加算するとかなりの高額になってしまう等の問題が生じることも有ります。
このように、他の方法がとれない、又は裁判の方が問題を解決しやすいような場合、裁判により抵当権を抹消する方法を選択することになります。
訴訟手続き
訴訟は、抵当権の抹消手続きを求めて抵当権者を被告として提起します。
訴額は、債権額、または不動産の評価額の2分の1のどちらか低い額になります。
古い抵当権だと、登記簿上の抵当権者は亡くなっていることが多いので、この場合、その相続人を被告とします。
相続人全員を被告としなければならないかと言うと、そうではありません。
手続きに協力的な方は除いて、その他の方を被告とすることもできます。
ただし、このように協力的な方との共同申請と判決による申請を一つの申請で行う事になり、手続きが少し複雑になってしまいます。
この場合、協力者の登記済証(権利証)が必要になりますが、古い抵当権なので紛失していることが多く、事前通知(申請後に法務局から協力者に確認通知が行く)や司法書士による本人確認情報で申請を行うことになり、時間も費用もかかってしまいます。
また、抵当権者に相続が発生している場合、判決に基づいて抹消する手続きの際、戸籍等の相続証明書が必要になりますが、全員を被告としその旨が判決文に記載されることで、相続証明書が不要になります。
そこで、協力的な相続人も含めて相続人全員を被告とした方が手続きがすすめやすいです。
注意すべきは、被告として訴えられてことは気分の良いことではないので、協力的な相続人には事前に争う相手として訴えるのではなく、あくまでも手続き上の問題で被告としてあげさせていただくことを十分に説明しておく必要があります。
抵当権者の相続人
裁判をするにあたって被告を確定しなければいけないので、登記簿上の抵当権者が亡くなっている場合は相続人調査を行います。
相続人全員の居所(訴状を送達するため)を突きとめなければいけないのですが、この調査が裁判による抹消手続きにおいて大きなポイントとなります。
例えば、抵当権者Aが亡くなっていて子がBとC、Cも亡くなっていて子がD、Eとすると、被告はB、D、Eの3人となります。
このような状況であれば、訴訟による抹消手続きも長期にわたることはありませんが、Aさんに子B、C、D、E、お子さん全員亡くなっていてこの方たちのお子さんが12人、そのうち5人が亡くなっていてそれぞれにお子さんがいて、、、と、戸籍を追っているうちに相続人がどんどん増えていく、ということも古い抵当権では珍しくありません。
相続人が100人を超え、調査に1年かかった、というケースもあります。
このように、相続人の状況によって費用や期間が大きく変わることになります。
費用や期間は、調査をしてみないと分かりません。
とは言っても、いくらかかるか分からないまま手続きがすすめられるのはご依頼人にとって不安だと思います。
そこで、当所は、まず、調査費用(戸籍等取得費、手数料、郵送費)として3万円3,000円いただき、その範囲内で相続人調査を行います。
この額の範囲内で相続人が確定できれば、最適な抹消方法を選択し、それに要する費用を提示させていただき、ご了解を得た上で手続きに着手します。
調査費用が余った場合、その額は手続き費用に充当します。
相続人が多く調査費用が3万3,000円を超える場合、超える前に一旦調査を中止し、ご依頼人にさらに調査を継続するかお伺いさせていただきます。
相続人が数十人と多くなると、戸籍謄本の取得費と手数料だけで10万円を超えてしまうので、予め継続するかの確認をさせていただきます。
相続人が所在不明な場合
相続人の中には、所在不明(生死不明)の方がおられることがあります。
この場合、訴状を送ることができないので、「公示送達」という手続きをすることになります。
裁判所の前にある掲示板に一定期間所在不明者が訴えられていることを掲示することで、訴状が送達されたものとします。
このように当事者に訴状を実際に送達していないのにしいたものとして扱う方法なので、本当に所在不明であることを裁判所に納得してもらうために調査報告書を提出しなければいけません。
郵便を送って所在不明で返済されただけでは不十分で、実際に判明している最後の居所に行って現況、電気メーター等での生活状況の確認等々を行う必要があります。
司法書士が直接現場に行って調査したり、遠方であれば調査会社に依頼したりすることになります。
※訴え提起後、裁判所の調査で所在不明者の死亡が確認されれば、訴えは却下されます。
判決後に死亡が確認されれば、控訴、上告されるおそれもあります。
また、「公示送達」ではなく、家庭裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい、当該管理人を被告として提訴することも可能ですが予納金が結構高額になるので、いろいろな点を考慮し状況に応じて選択することになります。
訴訟の内容
訴訟は、債権、又は抵当権が時効により消滅していることを原因として、抵当権の抹消手続きを被告に求めることになります。
債権は10年(商事債権は5年)、抵当権は20年で時効により消滅します。
但し、抵当権の時効を主張できるのは、第三取得者(抵当権を設定した不動産の所有者から移転登記を受けた新たな所有者)に限定されます。
時効期間は弁済期から計算します。
古い抵当権は弁済期が登記簿に記録されているので、弁済期から10年経過した日に時効が完成します。
弁済期がない(期限の定めがない)場合は、債権成立のときから計算します(不確定期限の定め、停止条件除く)。
期間の計算は初日を参入しないので、明治10年10月1日が弁済期であれば、明治20年10月1日に時効が完成し、この日を原因日付として抵当権は抹消されます。
抹消日付と相続
登記簿上の抵当権者が亡くなっている場合、亡くなった日と抵当権が抹消する日の先後で手続きが変わります。
抵当権が抹消した後に抵当権者が亡くなっていれば、抵当権を抹消する登記をするだけで良いですが、抵当権者が先に亡くなっていれば、抹消する前提として相続人に相続による移転登記をしなければいけません。
抹消する原因日付は重要なので、判決文に記載してもうらうようにします。
訴える際に、「〇年〇月〇日債権による時効消滅を原因とする抹消登記手続きをせよ」という内容の請求をします。
日付を特定していない判決でも抹消登記は可能ですが、判決文、判決の理由文から原因日付が特定できない場合、判決が確定した日が原因日付となります。
そうすると、この日付までに発生している抵当権者に関する相続が手続きに影響します。
2次、3次相続が生じていれば、相続証明等の手配が必要になってしまうので、そうならないように判決文に原因日付を明記されるようにすることが重要になります。
参考文献:休眠担保権に関する登記手続と法律実務