
夫が亡くなり、夫名義になっている家・土地に対して相続手続きが必要になった場合、母の親心で妻としての相続分を子に譲って、家を子供名義にすることを希望される方がいらっしゃいます。
母としては、自分が相続してもいずれは子供が相続することになるし、そのときにまた相続税がかかってしまうことを考えれば、子供名義にした方が良いだろう・・とお考えになるのも十分理解できます。
しかし、その行為が将来、自分の生活に深刻な影響を及ぼすかもしれないことを知っておく必要があります。
安易な相続手続きの潜在的な問題について司法書士が解説します。
ある家族の相続手続き
家族構成:夫A、妻B、息子C、Cの妻D
夫Aは定年を迎え、得た退職金を元手に古くなった家を建て替えることにした。
その時、賃貸住宅に住む息子夫婦に一緒に住むなら2世帯住宅にすることを提案し、息子夫婦も了解して2世帯住宅を建て一緒に住み始めた。
やがて、息子夫婦に子供が生まれ、楽しく暮らしていたが、ほどなく夫Aが亡くなった。
遺言書には妻に家を、息子には預貯金の一部を相続するように書いてあったが、妻Bは私が家を相続しても私が死んだ後は息子のものになることだし、そのときにまた相続税を支払うようなことになれば息子に負担がかかるので、家は息子が相続した方が良いと思い、そのように遺産分割協議書を作成して家の名義人は息子Cに、Bは多めに預貯金を相続した。
この行為に特に問題があるようには見えません。
母が行った相続手続きは、子供に相続税の負担をかけたくないという親心からくるものです。
とても良好な親子関係がうかがえます。
その後、やがて母Bが亡くなり、母の遺産を息子Cが相続する・・・
であれば、何の問題もありません。
では、何が問題なのか?
問題は「潜在的」なので、予想通りにいけば表に出ることはありません。
このケースで言えば、息子さんが家を相続し、引き続き母と息子さん家族が2世帯住宅で暮らし、その後、母が亡くなる・・ということであれば何ら問題ありません。
しかし、予想外のことが起きてしまうと、隠れていた問題がとたんに表に出てきます。
その予想したくない予想外の出来事とは、お母さんより先に息子さんが亡くなってしまうことです。
予想外1
夫の遺産である家を息子さんの名義にした後、不幸にも息子さんが先に亡くなってしまうと、息子さんの財産が相続財産として相続人に相続されることになります。
息子さん夫婦にはお子さんがいるので、相続人は息子さんの妻と子になります。
母は相続人にはなりません。
息子さんの財産は全て妻と子供のものになります。
今、住んでいる息子さん名義の2世帯住宅も息子さんの妻と子供のものになります。
母Bとしては、自分の夫が働いて建てた家が、血のつながらない息子の妻とその影響下にある孫のものになることに不安を感じることになるでしょう。
名義が息子の妻になることで、自分の夫が建てた家なのに住み続けるのに肩身の狭い思いをするかもしれません。
もちろん、今まで通り、一緒に暮らしていくこともあるでしょうが、家の所有者となった息子の妻は家を売ることもできます。
そのときは、家を出て行かなくてはいけなくなります。
こうなってから、あのとき、家を息子名義にしなければよかった・・と悔やんでもどうしようもありません。
予想外2
息子さんが先に亡くなり、家は息子の妻とその子名義になった後も、変わらず2世帯住宅で一緒に暮らしていたとしても、母Bはもう一つの事を心配しなくてはいけません。
それは、息子の妻の再婚です。
息子さんが若くして亡くなられている場合、妻もまだ若いでしょう。
お子さんがいても、子連れで再婚するケースは珍しくありません。
息子の妻の将来を考えたら歓迎すべきことではありますが、家をどうするかの問題がおきます。
今の家に再婚相手が一緒に住む?
息子の妻、子が家を出て再婚相手と新居に住むとしたら、今の家はどうする?
どうするにせよ、母Bには家の処分権限がありません。
全てを息子の妻の判断に委ねる・・元々は夫が建てた家なのに、妻である自分には何の権限もない不安定な立場におかれてしまいます。
まとめ
お子さんが自分より先に逝ってしまうということは想像したくないことでしょうし、それを想定して何か対策することもしたくないでしょう。
しかし、万が一、もしもの事が起きてしまったら、既に高齢者と言われる年齢になっている自分の生活が大きく変わってしまうおそれがあることも事実です。
唯一の遺産である家の相続について実の親子でさえ争い合って、結局、家を売却してお金に換えて分配するというケースは少なくありません。
相続法が改正され令和2年4月より適用されている「配偶者居住権」という権利は、相続争いで家を処分しなければならなくなり、長年住んでいた家を失うことになる故人の妻が多くいるので、その対策として新たに創設された権利です。
故人の妻Bがさんが、故人名義の家を息子名義にするのではなく自分名義に、又は息子と共有名義にすることは、息子が先に逝くかもしれないための対策とは考えず、夫と生活し共に支え合って作った財産で建てた家だから、相続で自分名義にして住むのが当たり前、権利があるとお考えになってはいかがでしょうか。