通常、抵当権は債権が全額返済されると担保する債権がなくなったので抹消されますが、抹消されずに登記簿に残っている場合があります。

単に弁済後の抹消手続きを忘れたのか、弁済されずに長年放置されたままになっている等理由は様々です。

抵当権が付いたままだと売却は難しいでしょうし、子や孫の世代に引き継いでもらうにしてもきれいな状態で渡したいと希望される方もおられるます。

抹消されずに残っている抵当権が明治時代に設定されたもので債権額が50円のような場合、実質的には機能していないし当時の抵当権者も生存していないだろうから簡単に抹消できると思われがちですが、実はそんなに簡単ではありません。

登記簿に権利として記録されている以上、抹消するには法律に基づいて手続きを踏まなければいけません。

長期間抹消されずに残存している担保権のことを「休眠担保権」と言います。

明治、大正、昭和の時代に設定されている抵当権が登記簿に抹消されずに残っていることも珍しくありません。

相続する段になって登記簿を見たら、明治時代に登記された抵当権が抹消されずにそのまま残っていた。

このような場合、ご自身で対処するのは難しいので、司法書士のような専門家にご相談されるのが良いでしょう。

供託による抹消

古い抵当権を抹消する方法としてはいくつかあるのですが、ここでは供託による抹消方法についてご説明します。

簡単に言えば、債権額に弁済期までの利息、及び供託する日までの遅延損害金を供託して、不動産の所有者が単独で抵当権の抹消登記を行います。

こうご説明すると、明治時代に設定された抵当権の債権額の利息及び遅延侵害金が莫大な額になるのでは、と心配される方もおられますが、明治時代に設定された債権額であっても現在の価値に換算する必要はありません。

登記簿に記録されているそのままの額を基準に利息、遅延損害金を計算します。
明治や対象時代だと、債権額も50円、100円程度であり、利息、遅延損害金を計算しても数万円程度で収まることが多く、大きな金銭的負担がかかるということはあまりありません。

※昭和の時代に入ると債権額が大きい場合もあるので、その場合は供託ではなく他の方法での抹消を検討することになります。

供託手続きの要件

古ければどんな抵当権でも供託により抹消ができる、というこはありません。

供託による抹消をするには、以下の要件を満たしている必要があります。

  • 抵当権者が行方不明なので共同申請による抹消登記ができない。
  • 債権の弁済期から20年が経過している。
  • 債権額、利息、債務不履行で生じた損害(遅延損害金)の全額を供託している。

抵当権者が行方不明

抵当権者(登記義務者)が行方不明(所在不明)であるとする要件を検討する上で、どのような状態を指すのかを理解する必要があります。

法務省の見解によると「名義人の現在の所在も、死亡の有無も不明の場合である」とされています。

他に死亡していることは分かっているが、相続関係が不明な場合や相続人は判明しているが、その行方が不明な場合も該当します。

行方不明については「単に登記義務者の所在をしらないというだけでは足りず、住民票や戸籍謄本等の調査、官公署や近隣住民からの聞き込み等相当な探索手段を尽くしてもなお不明であることを要する」とされています。

このようにかなりハードルが高いレベルの見解が示されていたのですが、実務レベルではより具体的に緩和された見解もいろいろ示されています。

これらを踏まえて、実務的には以下の4つの方法のいずれかで不明であることを証明することになります。

  1. 市区町村長が証明した書面
  2. 警察官が調査した書面
  3. 民生委員が証明した書面
  4. 抵当権者の登記簿上の住所に宛てた債権の受領催告書が不到達であったことを証する書面

2,3は警察官や民生委員に調査していただいて、こちらが作成した証明書に署名、印をお願いすることになりますが、このような証明はご当人にとってもよくやる事ではないでしょうから、説明して実際に調査していただくまでの手続き等を考えると、選択肢は現実的には1か4になります。

1は、役所に不在住証明を交付してもらうことになります。
ただし、役所によっては対応しない場合もあるようなので、多くの場合は4の不到達証明書によって証明することになります。

不到達証明

登記簿上に記載されている抵当権者の住所に、「登記されている抵当権の債権額、利息及び遅延損害金を全額を支払いするので受領して下い」とする催告書を配達証明付郵便で送ります。

相手はそこには居住していないので不到達となり、不到達の理由が記された郵便は返送されてきます。

この場合に注意すべきは、記載された不到達の理由です。

行方不明であることの証明になるので「宛て所に尋ね当たらず」「宛名不完全」という理由であることが必要で、単に「受取人不在」「受取拒否」「転居先不明」等の理由が記載されていたら証明書として不適になってしまいます。

弁済期から20年経過

平成の時代の抵当権であれば20年経過について確認が必要でしょうが、明治、大正、昭和の時代の抵当権で20年経過が問題になることはないでしょう。

「弁済期」については、次の供託金の計算のところで詳しくご説明します。

債権額、利息、損害金の計算

抹消登記申請をする前に供託金を管轄の供託所に納めなければいけません。

供託金は、登記されている「債権額」+「利息」+「遅延損害金」になります。

「債権額」は登記されている額になります。

明治時代の抵当権だと、50円、100円等の今の貨幣価値でみれば極めて少額な債権額になっていると思いますが、そのままの額を収めます。
今の貨幣価値に換算する必要はありません。

問題になるのが「利息」と「遅延損害金」の計算です。

基本的に、「利息」「遅延損害金」が登記簿に記載されていたら、その率を適用して計算します。

ただし、遅延損害金が年6%に満たない場合は、6%で計算します。

記載されていたりされていない場合も多く、いくつかのパータンでの適用利率を以下に示します。

  • 「無利息」とのみ表示
    利息は無利息とし、遅延損害金は6%とする。
  • 「利息」「遅延損害金」の表示がない
    ともに年6%とする。
  • 「利息」の表示
    利息は表示された率、遅延損害金は6%とする。
  • 「遅延損害金」のみ表示
    利息は6%、遅延損害金は表示された率、ただし、6%に満たない場合は6%とする。

※古い債権額の「利息」「遅延損害金」を計算する上でやっかいなのが、「利息制限法」です。
「利息制限法」で利息や遅延損害金の上限が規制されていますが、時代につれて上限も変遷しています。
そして、やっかいというのが、全てのケースにおいて抵当権が設定された当時の利息制限法上の上限が優先されるということです。
よって、登記簿上の率と利息制限法の上限を比較して、上限を超えている場合は上限の率に引き直して計算することになります。

弁済期との関係

利息と遅延損害金を計算する上で、率はもとより期間も必要になります。

「利息」は、債権が成立した日から弁済期までの期間に生じ、「遅延損害金」は弁済期から支払うまでの期間に生じます。

よって、計算する上で「弁済期」を確定する必要があります。

昭和39年4月1日より前に登記された抵当権であれば、弁済期は登記事項になっているので登記簿に弁済期が記載されているはずです(設定当時の閉鎖登記簿に記載されています)。

記載されていなければ、登記簿上に記載されいている債権が成立した原因日付を弁済期とします。

債権成立の日の記載もなければ、抵当権が成立した日(設定年月日)を弁済期とします。

昭和39年4月1日以後に抵当権が登記されている場合は、弁済期が登記事項になっていないので登記簿を見ても分かりません。

よって、抵当権を設定した当時の契約書等の書類から判断しますが、古い抵当権であれば書類等を紛失していることも多いので、分からない場合は債務者の弁済期についての申述書でもよいとされています。

供託手続きでの注意点

抵当権にはいろいろな形があります。

明治時代の抵当権は、抵当権者が個人である場合が多いです。

抵当権者が1人であったり複数人であったり。
また、共同抵当権として、複数の不動産に同じ抵当権が設定されていることもあります。

このように、抵当権者、不動産の観点から見て、状況によって手続きが異なることがあります。

抵当権者の観点

供託抹消の要件として、抵当権者は行方不明であることがあげられています。

では、抵当権者が3人いて3人全員行方不明だったり、内1人だけが行方不明であるような場合は、供託抹消が使えるか?

結論としては、いずれも使えますが、手続きが若干異なります。

全員が行方不明のケース

抹消の登記は1回の申請で済むのですが、供託手続きが抵当権者が1人の場合と異なります。

金銭債権は可分債権(分けることができる債権)なので、債権額を人数分で割り、その額を各抵当権者ごとに供託していくことになり、供託手続きは人数分必要になります。

まとめて一括で供託することはできません。

一部の人が行方不明のケース

抵当権者が複数人いて、一部の者が行方不明の場合、当該行方不明の者だけを対象として供託を行います。

例えば、抵当権者は当初1人であったが亡くなり相続人が3人いて、内1人が行方不明である場合、行方不明者の相続分に応じて債権額、利息、遅延損害金を計算し供託することになります。

その後、供託したことを証する書面を添付して、他の2人の相続人と共同で抹消申請を行います。

共同申請の場合、抵当権設定登記済証が必要になります。
これは、法務局の「登記済」の印がある書類ですが、大昔に設定された抵当権の書類を保有していることはあまりありません。

保有していない場合、事前通知や司法書士による本人確認情報という特別な手続きが必要になります。
※他の相続人が申請に非協力の場合、この2人を被告とする裁判を行い判決を得て抹消します。
この場合、行方不明の相続人に対しても、供託手続きをせずに公示送達により訴えを提起することもできます。

不動産の観点

古い抵当権をの登記簿を見ると、「共同担保」として複数の不動産に同一の抵当権が設定されている場合があります。

例えば、明治時代の抵当権がA所有の甲土地とB所有の乙土地に登記され残っている場合、Aさん、Bさんが抹消手続きにどのように関係すかが問題になります。

AB共同でしなければいけないのか、というと、そうではありません。

もちろん、AB共同で行えば、1回に申請で甲、乙に抵当権を抹消することができますが、甲、又は乙1人でも自身所有の不動産にに凝っている抵当権を抹消することができます。

この場合、Aは通常通り、供託することで甲土地に残っている抵当権を抹消することができます。

そして、その後、BはAが申請で使用した供託書を利用して乙土地の抵当権を抹消することができます。

※甲土地、乙土地に共同抵当権が設定、甲土地については既に「弁済」を原因として抵当権は抹消されていたが、乙土地の抵当権はそのまま抹消されずに長年放置されていたような場合、乙土地において供託による抹消手続きをすることが可能です。