相続法の改正
約40年ぶりに相続法が改正され、平成31年1月から順次改正された項目が適用され、平成31年7月1日 、令和2年4月1日、同年7月に全ての改正法の適用が開始されました。 改正点は、遺言書関連、配偶者関連、故人介護関連です。
遺言書関連
遺言書に関する改正は、自筆証書遺言に関するものです。以下のように2つの項目が改正、追加されました。
一部自筆の緩和
自筆証書遺言の書き方のマイナーチェンジです。自筆証書遺言は例外部分なく全文を自筆で書かなければならないとされていましたが、遺産目録部分に限ってはパソコン等で作成して良いと改正されました。 ただし、そのページに署名・捺印が必要なので注意下さい。
自筆証書遺言の公的保管
令和2年7月10日より今回の改正項目最後の自筆遺言証書の法務局保管制度が開始されました。
従来、ご自分で書かれた遺言書はご自分で保管するしかありませんでした。
そのため、亡くなった後、遺言書があることに気づかれなかったり、場合によっては、都合の悪い相続人がこっそり破棄したり、書き換えたりするおそれもありました。
そこで、紛失、改ざん防止策として、法務局が遺言書を保管する制度が創設されました。
保管手続き 遺言書の作成 ご自分で遺言書を作成します。作成後に封筒に入れて封印はしないので注意下さい。
書面そのままで提出します。 法務局に提出 提出先法務局は限定されています。
ご自身の本籍地・住所地・所有する不動産所在地のいずれかの管轄法務局です。
提出書類は、所定の申請書、遺言書(封筒不要)、住民票の写し(作成後3ヶ月以内、本籍地記載要)、本人確認書類(免許証、マイナンバーカード、パスポート等1点)。
手数料は3,900円です。
保管証の受領 提出・受領されたら保管証が交付されますので受領します。
これで完了です。
遺言者であれば、提出後に遺言書の閲覧・変更・撤回が可能です。
配偶者への生前贈与・遺贈
残された配偶者(夫又は妻)が現在住んでいる家に、引き続き住めるようにするための改正です。
下記の事例でご説明します。
ご家族:夫Aさん、妻Bさん、子C、Dさん
Aさんが亡くなり遺言書はなし。
Aさんの相続財産は、家・土地が1,500万円、現金・預貯金が500万円の総額2,000万円。
遺言書が無いので、相続人であるBさん、Cさん、Dさんで遺産分割協議を行うことになります。
遺産分割協議でCさんが法定相続割合通りに分けることを主張したら・・・ 遺産総額は2,000万円なので、法定相続割合で分けるとBさん1,000万円、CさんDさんの受け取る遺産額は各500万円になります。
家の価値は1,500万円、Bさんの相続分は1,000万円なのでBさんが家を相続するには500万円オーバーします。
この場合、BさんはCさん、Dさんにオーバー分として各250万円を渡さなければいけません。
渡すお金がなければ、最悪、家を1,500万円で売却して500万円をCさんに渡すことになります。
Bさんは、売却額のうち1,000万円を取得できますが、家を失うことになります。
家族間トラブル
親子関係が良好であれば、Bさんが家を相続することにCさん、Dさんも同意するでしょうし、差額の500万円も要求しないでしょう。
しかし、疎遠であったり、CさんやDさんの経済状況が厳しかったり、結婚していれば妻や夫の意見も反映され、法定相続分を強く要求することになったりします。
また、ABさんご夫婦に、子がいない場合、Aさんの親も亡くなられていればAさんの兄弟姉妹が共同相続人なるので、一層、法定相続割合による主張が強くなります。
今回の改正で、残された配偶者が今住んでいる家に安心して住み続けられる制度が作られました。
妻に家を生前贈与又は遺贈すると家は相続財産から除外されることになりました。
相続財産から除外されるとはどういうことか?
故人が相続人に通常の生活費用以上の贈与をした場合、特別受益(特定の相続人が特別に利益を受けた)に該当し、他の相続人と公平にするため受けた利益を遺産に組み入れることを民法で認められています(持ち戻し)。
計算方法が規定されていますが、おおまかに言うと、「生前、あなただけお父さんから500万円もらっていたから、その分をあなたの相続分から差し引きます」ということが認められています。
上記の場合、Aさんが後のことを考えてBさんに家を生前贈与しても、改正前は家はBさんへの特別受益となりCさん、Dさんから家も相続の対象にするよう主張されるおそれがありました。
しかし改正後は、AさんがBさんに家を生前贈与するか、贈与するとの遺言書(遺贈)を残していれば、家は相続の対象とはなりません(Cさん、Dさんは家の相続を主張できない)。
よって、Aさんの相続財産は現金・預貯金の500万円だけとなり、これを法定相続割合で相続することになります。
改正により、Bさんは家を保有すると共に、相続財産500万円の1/2の250万円を相続するとことができ、当面の生活費も確保できるようになります。
自分が生きている間に家を妻に贈与する(名義を妻に変更する)ことに抵抗感を抱く方もいらっしゃると思いますが、そういう方は遺贈(自分が死んだら家を妻に贈与する)を選択することも可能です。
家族関係に懸念がある方は、残された配偶者が安心して今の家に住み続けることができるよう、この制度の活用をご検討してはいかがでしょうか。
適用条件
この改正による生前贈与・遺贈の恩恵を受けるには以下のような条件がありますのでご注意下さい。
婚姻期間が20年以上の夫婦(内縁関係は不可)である。
贈与財産が自分が住むための国内の居住用不動産である、または居住用不動産を取得するための金銭である。
贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与された居住用不動産または、贈与れた金銭で取得した不動産に受贈者が住んでおり、その後も引き続き住む予定であること。
税金面でも優遇
生前贈与と言ったら贈与税は?と心配される方も多いと思います。
もちろん贈与税はかかりますが、こちらも優遇措置があります。
最大2,110万円(居住用財産贈与における配偶者控除と基礎控除)までは非課税です。
家に対して相続税もかかりません。
配偶者居住権
残された配偶者に対して 配偶者居住権が新設されました。
配偶者居住権とは、故人の配偶者が、故人名義の家に無償で住み続けられる権利のことです。
この居住権は売り買いできませんが、所有権と同じように価値が認めら、相続の対象となります。
事例:故人Aさんの相続財産は家・土地2,000万円と現金・預貯金1,000万円の計3,000万円 改正後、家に対して2つの権利(配偶者居住権と所有権)が認められます。
・家・土地の配偶者居住権が1,000万円
※配偶者居住権の評価額は、建物の相続税評価額や配偶者居住権が設定された建物所有権の金額等をベースに算出されます。
・家・土地の所有権が1,000万円
上記の場合、相続財産の分配は、妻が1,500万円(配偶者居住権1,000万円+現金・預貯金の500万円)、子も1,500万円(所有権1,000万円+現金・預貯金の500万円)になります。
妻は今の家に住み続けられ、今後の生活資金として500万円を取得することができます。
配偶者居住権の注意点
配偶者居住権は自動的に取得できるものではありません。
故人が配偶者に遺贈するか、相続人全員の協議により取得できます。
つまり、遺贈されなければ他の相続人全員の承諾が必要になります。
また、登記することが必要です。
配偶者居住権を売ったり、譲渡したりすることはできません。
つまし、配偶者Bさんは家に住み続けることはできますが、居住する権利を誰かに売ったり、家を売ることはできません。
普通に家を相続し所有権を取得すれば、のちのち介護施設等へ入居する際、自分の判断で家を売って入居費用に充てることができますが、居住権ではできないということになります。
家を増改築したり、第三者に賃貸するような場合は、所有権者の承諾が必要になります。
固定資産税は所有者に課せられるので、家に住んでいない所有権者が支払うことになります。
配偶者短期居住権
残された配偶者が今住んでる家からすぐに出ていかされることがないように、配偶者短期居住権が新設されました。
家族にはいろいろな形があり、相続人の関係もさまざまです。 配偶者以外の方が故人の家を相続することになると、配偶者は家を出ていくよう要求されるおそれがあります。
その場合、一定期間、配偶者は今の家に無償で住み続けられるようになりました。
期間は、相続開始から遺産分割により家を誰が相続するか確定した日(相続開始時から6か月以内であれば6か月を経過する日)までです。
故人の預金引き出し
故人の預貯金は相続財産になるので、相続人が複数いる場合、内1人による払い戻しはできません。
葬式費用や配偶者の当面の生活費等の費用でも払い戻しはできません。
そこで改正により、「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者または相手方が行使する必要があると認めるとき」には、遺産分割協議成立前でも1人の相続人による引き出しが可能になりました。
難しい言葉が使われていますが、故人の借金の返済、相続人の当面の生活費や葬儀費用等が必要な場合は、相続人1人による引き出しが認められようになりました。
ただし、上限があります。
相続開始時の口座残高×法定相続割合×1/3 (1金融機関 最大150万円)
介護・看護報酬
改正前は、相続人以外の親族(長男の妻など)が長期に渡って故人(義父・義母)を介護していたとしても、その親族は法定相続人ではないとの理由で相続財産の分配を受けることはできませんでした。
改正後は、法定相続人でなくても、故人の介護・看護をしていた方に報酬として金銭的請求権が認められることになりました。
ただし注意すべき点があります。 あくまでも”請求”権ですので、相続人に請求しなければいけません。
相続権として分配されるものではありません。また、相続開始を知ったときから6ヶ月、相続開始から1年経過で、請求権は消滅してしまいます。
介護をすれば誰でも請求できるわけではなく、以下の条件があります。
故人の親族である(6親等血族、3親等姻族)。
無償で故人の療養看護を行っていた。
無償で療養看護をしたことにより、故人の財産維持・増加に寄与した。
介護・看護報酬の問題点
長年介護をされた親族には良い改正なんですが問題もあります。
決まった計算式があるわけではないので、長年行ってきた介護・看護を金銭に換算することは簡単ではありません。
同じことを介護ヘルパー・サービス等外部に依頼した場合の費用を参考に割り出していくことになります。
そして、それにより割り出した費用を相続人全員に認めてもらはなければいけません。
納得してもらいやすいように、介護・看護した日数や内容を記録しておいた方が良いでしょう。
話し合いがまとまらなければ最終的に家庭裁判所に判断してもらうことになります。