限定承認

故人である親に多額の借金があれば、その借金も相続の対象となります。
普通に相続すると(単純承認と言います)、故人名義の不動産や預貯金等のプラスの財産と共にマイナスの財産である借金も相続することになります。
プラスの財産に対してマイナスである借金が多ければ、多くの方は相続放棄をすることで借金を相続せずに済みますが、当然、プラスの財産も相続することはできません。

しかし、
・借金は受け継ぎたくないが、同居している住み慣れた家は欲しい。
・先祖代々の土地を出来ればそのまま手元に残したい。
・住居兼お店なので相続放棄して家を無くすと商売ができなくなる。
・家は故人との共有名義になっている。
等々で故人名義の家の保持を望まれる方もおられます。

では、故人にプラスの財産を上回る多額の借金がある場合は、故人名義の不動産を保持し続けることはできないかとうと・・
できる方法があります。
司法書士が分かりやすく解説します。

3つの相続手続き

家族が亡くなり自分が相続人となった時、故人の財産についての対処として3つの方法があります。
「単純承認」「相続放棄」「限定承認」です。

「単純承認」は、故人の財産全てをそのまま受け継ぎます。
現金、預貯金、株式、不動産等々のプラスの財産及び借金、保証人の地位等のマイナスの財産全てです。
「相続放棄」は、逆にプラスの財産もマイナスの財産も故人の財産は一切相続しない手続きです。
「限定承認」は、まず、故人の借金を清算します。故人のプラスの財産で借金等のマイナスの財産を清算し、残余があれば相続するが、清算しても借金が残るのであれば相続しないとする手続きです。

そして、表題にある借金を相続せずに家や土地である不動産だけを保持するには、「限定承認」を利用することになります。

限定承認とは

前述通り、故人の財産で故人の借金を清算し、余りがでたときは相続するが、借金が残る場合は相続しませんという相続方法です。
相続が生じたが故人にどの位の借金があるか分からない、ヘタに相続してしまうと自分のお金で故人の借金を返済しなければならなくなるのが怖いと思われる方には、利用価値のある方法と言えます。

限定承認で不動産は相続できない

限定承認は故人の借金の清算手続きです。
限定承認が選択されるケースでは、プラスの財産に対して借金が大きい場合が多く、故人の現金や預貯金だけでは負債を清算できず多くは不動産も返済に充てられます。
具体的には、故人名義の家や土地は競売によって換価され、その落札金が返済に回されます。
限定承認しても故人名義の不動産を相続により保持することはできませんが、相続以外で不動産を保持する方法があります。

※民法932条で”・・・弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは限定承認者はこれを競売に付さなければならない”と規定されています。相続人が任意売却の方が高く売れるとして任意売却した場合、相続財産の処分として単純承認したもとみなされ、限定承認が出来なくなるおそれがあるので注意が必要です。故人の借金清算のための財産処分は、処分により相続人が経済的に利益を受けたわけではなく、競売より高く売れるであろう任意売却を行い、売却金を全額借金返済にあてれば債権者にとっても利点であり単純承認とはみなされないと思われます。ただし、売却金を自分の日頃使っている預金口座に入金したりすると、私的流用の疑念を抱かれてしまうおそれもあるので、専用の口座を新たに開設して明確に区別しておくことが大切です。そして、念のため、任意売却については事前に裁判所に相談しておきましょう。

先買権で不動産を取得

限定承認では、故人名義の不動産は競売にかけることになります。
競売手続きでは、裁判所により対象物件の現況が調査され売却基準価格が決定されます。
その後、情報公開、入札開始、落札、引渡しとなります。
限定承認した相続人がこの入札に参加して不動産を落札することにより保持することは可能ですが、競争入札である以上落札できるかは分かりません。また、物件によっては高い金額を提示しないと入札できないかもしれません。

そこで、相続人が故人の不動産を取得するのに認められている方法を使います。
「先買権」という権利を使って取得します。
言葉の通り、競売物件を入札前に「先に買う」権利です。
家庭裁判所の選任した鑑定人が不動産を鑑定し、相続人は鑑定価格以上の金銭を支払うことで取得することできます。
※ただし、不動産に抵当権が設定されている場合、競売手続き前に先買権を行使して鑑定価格で取得するには抵当権者の承諾が必要になります。

限定承認では借金は相続しないので、不動産も相続することはできませんが、競売される前に人より先に鑑定価格で「購入」する権利が与えられています。
この先買権を利用して購入することで、故人の借金を相続せずに必要な不動産のみを保持することができます。

簡単ではない限定承認

故人の借金を清算してプラスが出た場合にだけ相続する・・・
相続人にとっては安心できる便利な相続方法ですが、実は、あまり利用されていません。
平成30年度の司法統計によると、相続放棄手続きは約21万件行われたのに対し、限定承認はわずか700件あまりです。
申立要件、手続き、期間、費用の面でハードルが高く、あきらめてしまう方が多いのが現状です。

申立

限定承認の申立は、相続人全員で行う必要があります。反対する人が1人でもいると申立できません。
また、申立には期限があり、相続を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に申立しなければいけません。

手続き

限定承認手続きのメインは故人の借金の清算です。清算に係わる手続きをしなければいけません。
この清算手続きは裁判所はやってくれないので、申立人自身がしなければいけません。

具体的には以下のような手続きが必要になります。

1.債権者に限定承認により清算手続きを行うので、各自が故人に対して有している債権を申し出るよう官報に公告(公告期間は2ヶ月以上必要)をします。知れてる債権者に対しては各別に催告します。

2.故人の財産を換価処分して不動産がある場合は競売手続きを行います。先買権を行使する場合は家庭裁判所に依頼して鑑定人を選任してもらい、不動産価値を鑑定してもらいます。

3.公告期間が終了したら、各債権者への弁済を行います。換価等して得た財産で全部の債権の返済ができれば問題ありませんが、足りない場合、各債権者の債権額を案分して弁済することになります。

4.清算によってプラスの余りが出なければ弁済で終了です。プラスの余りが出た場合は、この分を相続財産として相続します。相続人が複数人であれば、どのように分けるか全員で遺産分割協議をすることになります。

5.相続税より高い利率の譲渡所得税が課せられ場合があります。清算後、不動産や株式等を取得する場合、当該財産は相続ではなく故人から相続人に譲渡されたものとされ、故が取得した費用より現在価値が上がっていれば、その分に対して譲渡所得税がかかってしまいます。

上記の様な手続きを一般の方がご自身でするにはハードルが高く、弁護士や司法書士等に依頼されることになると思います。
ご覧のように手続きも煩雑なので依頼費用も数十万単位になります。
また、手続きが全部終了するのに6ヶ月~1年位かかることも少なくありません。

専門家に依頼してやってみたが、清算後のプラス部分が少なく費用倒れになってしまった・・ということもあり得ますので、限定承認をする場合は事前にある程度の財産調査をしておくことが重要になります。